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藤井寺旅行記'26 2026年4/25 |
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ヒノキ花粉の飛散が終わり、ようやく外出する気になりました。 藤の季節ということで、関西の藤の名所で検索すると大阪府藤井寺市がヒット。 今回はカメラ片手に藤井寺市を散策してみました。 藤井寺市は大阪市の南東に位置し、近鉄南大阪線の阿部野橋駅(≒天王寺)から準急で13分という立地です。 藤の名所は市の名前になっている葛井寺(ふじいでら)です。 うん?何で漢字が違うんでしょうか...。 そもそも「葛」は「くず」とか「かずら」と読みますが、「ふじ」とは読みません。 理由を調べてみましたが、諸説あるようではっきりしたことは分からないみたいです。 多くの人が「ふじいでら」の字を「藤」で書くか「葛」で書くか葛・藤したことでしょう。 閑話休題、藤井寺駅を北に出ると、中規模の商業施設やチェーン店が立ち並び、THEベッドタウンの駅前という感じです。 ふと足元に目を向けると、ちょっと変わったマンホールがありました。 藤井寺市出身の絵本作家長谷川義史さんのデザインマンホールだそうです。 NHK教育でたまにやっている「ぼくがラーメンたべてるとき」の著者として存じ上げております。 葛井寺は駅の南東側にありますが、駅の北に出たのでまずは北東に500mほどの藤井寺市役所に行ってみました。 街並マニアとしては市役所は外せませんからね。(笑) 市役所の写真を撮って再び駅方面に戻ると、アーケードの商店街にぶつかりました。 線路を挟んで北側が藤井寺駅前北商店街、南側が藤井寺一番街です。 このまま葛井寺に行くのかと思いきや、藤井寺一番街から横道に逸れて、うどん屋「掌(たなごころ)」で昼食。 詳細 うどんと天ぷらでお腹を満たして、まだ葛井寺には行かずに駅の南側を散策。 線路に沿って西へ少し歩くと野球ボールの上に座っている少年の像が現れます。 この地に大阪ドームが完成するまでの近鉄球団の本拠地藤井寺球場があったらしいです。 小学生当時の私は、プロ野球選手名鑑を読み漁る野球観戦大好き少年だったので、親に何回か藤井寺球場に連れて行ってもらいました。 当時のパリーグは不人気で客席はガラガラでしたが、今思うと野茂vsイチローとか贅沢な対戦を見ていました。 球場の中のことは何となく覚えていますが、外がどういうところだったかは全く記憶にありません。 したがって、この地を訪れても懐かしさとかは残念ながらありません。 再び駅の南に戻り、ブクンダ公園に至りました、。 ここも藤棚があったのですが、ほぼ花は残っていませんでした、。 藤の写真を撮りに来たのに藤が無いでは話にならないので、ブクンダ公園の南隣にある辛國神社で藤の花が見れるようにお祈り。 ただこの神社の中の藤棚もほぼ花は無かったので、諦め半分でようやくメインの目的地の葛井寺を訪れました。 葛井寺は西国三十三所五番札所に数えられ、国宝の千手観音坐像がある由緒正しい寺院です。 葛井寺の境内に藤が残っていたかという答えはこちらです。 辛國神社でのお願いが通じたのかは定かではありませんが、沢山の藤の花が咲いていました。 境内のかなり広いスペースを藤に割いており、藤の名所と言われるのが分かります。 この日は休日ということもあり、藤を目当てに多く参拝客で賑わっておりました。 葛井寺南大門に続く通りにある白壁の建物は藤本酒造醸という酒蔵だったようですが数年前に閉業されたようです。 葛井寺はこのくらいにして、南へ5分ほど歩くと、住宅街に奇抜な形状の建物が現れました。 アイセルシュラホールという船形埴輪をモチーフにした建物です。 一体、建てるのにいくらかかったんだろう...。 中に入ってみると藤井寺市について学べるコーナーがあり、前方後円墳の解説や重要文化財の水鳥形埴輪などもあります。 古代ばかりでなく、近鉄球団の歴史コーナーもあります。 古墳について学んだところで、ここからは世界遺産の古市古墳群巡りです。 天皇陵のような巨大古墳もありますが、そういうところは大体宮内庁が管理していて拝所があるだけです。 今回訪れるのは、もっと身近に感じられる古墳です。 まずはアイセルシュラホールから東へ10分ほどの蕃所山古墳(もっこ塚)。 住宅街にある円墳でラウンドアバウトみたいになっています。 続いてさらに北東へ800mほどの赤面山古墳です。 西名阪自動車道の高架下にポツンとあって、見た目はただの盛り土です。 そんな古墳の隣には古室山古墳という中規模な古墳があります。 古墳の上がよくある鬱蒼とした森になっていないので、横から見ても何となく前方後円墳であることが分かります。 この古墳は登ることが出来、頂上からは藤井寺市街が一望できます。 人々の生活のすぐ隣に古墳があるのが藤井寺の暮らしのようです。 朗らかな春の陽射に照らされながら古墳の上で昼寝というも一興ですが、先を急ぎます。 古墳巡りはこれくらいで、ここからはさらに東へ10分ほど歩き、道明寺に辿り着きました。 桜餅(関西風)の原料である道明寺粉の由来になったお寺としても有名です。 25日は月2回ある国宝十一面観音の公開日でしたが、近くで見るとお金がかかるので遠くから眺めていました。 続いて道明寺の横にあるのが道明寺天満宮です。 道明寺の横が道明寺天満宮...ってややこしい。 これには理由があって、明治の神仏分離令が出るまではまとめて道明寺だったそうです。 道明寺は学問の神様菅原道真の伯母が住職を務めたという道真所縁の場所です。 道真公の祖先は土師氏という埴輪を作った一族であり、天満宮の入口付近の斜面には埴輪を焼いた登り窯(復元)があります。 天満宮前から東の道明寺駅まで続く道は、道明寺天神通り商店街という小規模な商店街になっています。 ここにも長谷川義史さんのデザインマンホールがあったりします。 こうして道明寺駅に到着したら運動不足の身体でそこそこ歩いたのでヘトヘト。 ちょうどそこに電車が来たので急いで阿部野橋行き準急に乗り込みました。 電車に揺られながらスマホの地図を見ていたら、ひとつやらかしたことに気づきました。 道明寺駅の東にある玉手橋を見るのを完全に忘れていました。 花粉の季節を経て鈍ったのは身体だけでなく頭もみたいです。 ただ頭の方も天満宮で道真公にお願いするのを忘れてしまったのでどうしようもありません。 |
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