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羽越旅行記'25 2025年11/2-11/6 |
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40歳になる年に取れる4日間の特別休暇を利用して、4泊5日の一人旅に出掛けました。 念のため言っておきますが、まだ39歳です!(30代と言いたい) 今回は新潟から日本海側を北上し秋田へ至る旅で、羽越旅行と名付けます。 11/2(日)、ANA1657は伊丹空港を10:10頃離陸し、僅か45分ほどのフライトで11時頃に新潟空港へ着陸。 新潟駅行のバス乗り場の時刻表を見ると次のバスは11:25。 バス停にいても暇なので空港の屋上展望台に行ってみました。 乗ってきたANA便とフジドリームエアラインが1機ずつ停まっていているだけで伊丹空港とは混雑度が全く違います。 新潟空港は海に面しており、向こうに見えるのはくすんだ青をした日本海。 しばらく時間を潰してからバス乗り場に戻ると長蛇の列。 結果、バスには乗れたものの座れず、20分くらいバスに揺られて新潟駅に到着。 日本海側唯一の政令指定都市だけあって駅前には多くの人が行き交います。 ここから駅に入るのかと思いきや、踵を返して万代島方面へ。 北へ歩くこと20分ほどでピアBandaiに着きました。 このピアBandaiは魚、肉、野菜などを売るマーケットで、休日の正午は非常に賑わっていました。 賑わっているのは良いですが、目星を付けていた海鮮丼の店も激混み。 仕方ないので、ピアBandaiの隣にある新潟県水産会館へ。 ここの2Fにある地魚食堂 瓢に入って、タタキ丼を頂きました。 詳細 セルフサービス形式で席は沢山あり、こちらの方が落ち着いて食べられたので結果オーライです。 昼食を終えて建物の背後にある朱鷺メッセへ。 写真では目の前にありますが、海の上は歩けないので大きく回り道を強いられます。 12年前に新潟市を訪れた際にも立ち寄りましたが、高さ約140mの建物の31F展望台が無料で開放されています。 「〇〇と煙は高いところが好き」なので竹バイクは行きたい気持ちを抑えられなかったわけです。 この写真は朱鷺メッセから西側の繁華街古町方面の眺望です。 新潟の繁華街は新潟島と呼ばれる信濃川の左岸にあり、新潟駅からは離れた場所に立地しているのが特徴です。 新潟駅は朱鷺メッセから見て南にあり、こちらも背の高いビルが立ち並び、十分都会だと思います。 この朱鷺メッセやピアBandaiがいるエリアは万代島という地名からも分かるように昔は川の中州だったようです。 今昔地図で見ると確かにそうなっています。 リンク このエリアを堪能して再び新潟駅方面へ。 駅前から続く東大通はイチョウ並木が美しく、秋を感じながらウォーキング。 駅に着いたのが13:20頃で次の電車は25分後。 調べると隣接する商業施設に「利き酒番所」という100種類以上の日本酒が呑める場所があるというので行ってみました。 コインを購入して、必要枚数だけ機械に入れると酒が味わえるということで期待に胸を膨らませて到着。 ...したものの並び過ぎ&時間が無くて諦めました。(涙) こういうのが電車の本数が少ないエリアでの電車旅のデメリットですね。 「俺はそこまで酒が好きじゃない」と己を偽って心を落ち着けてから13:45発の電車に乗り込みました。 |
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羽越旅行記'25 2025年11/2-11/6 |
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新潟駅から村上行の電車に揺られていると西の空が異常に暗いことに気付きました。 実はこの日の新潟は雷雨予想で、新潟市内が晴れていたのはラッキーでした。 雨雲レーダーを見ると雨が降り出すのは15時過ぎくらいと予想。 そんなことを調べながら電車に揺られること40分ほど14:26に新発田駅到着。 どんよりした天気ですが、まだもう少し猶予があるはずと早速観光開始。 まず駅前で驚いたのは、青信号が本当に青いこと。 調べると雪国では視認性を上げるため、本当に青の信号があるらしいです。 新発田市は旧新発田藩の城下町です。 新発田駅と、北西へ2kmほどの新発田城跡との間が中心市街地になっています。 まず駅から直ぐのところに蔵春閣という建物がありました。 元々東京に建てられた迎賓館で、船橋に移築された建物を一旦解体して、この地に立て直したものだそうです。 さらに向かいには新発田総鎮守の諏訪神社。 賽銭箱に10円を入れて天気が悪くなりませんようにと願いました。 10円でお願いしたのが神の怒りを買ったようで直後にポツポツと雨が降り出しました。 まだ15時になっていないのに...と思いながらこの日の宿の新発田ニューホテルプラザにチェックイン。 昭和感があるホテルですが、一人旅には十分です。 雨雲がどんどん流れ込んできて強くなったり弱くなったりと不安定。 しばらく部屋でいましたが、じっとしていても面白くないので意を決して外出。 今度は諏訪神社前から王紋酒造の横を通って西に進みます。 しばらく歩くと歩道に屋根が付きはじめ、こういうところに雪国っぽさが感じられます。 さらに北へ進むとガラス張りの立派な新発田市役所が現れました。 他にも蕗谷虹児記念館や文化会館などお金がかかってそうな建物が沢山あり、もしかすると新発田はお金持ちなのかもしれません。 そんなことをつぶやいたら新発田の神が再び怒ったのか雨が再び降り始めました。 傘をさしてしばらく歩くと新発田城跡の表門に辿り着きました。 新発田藩の初代藩主溝口秀勝が築城した城で、現在は櫓がいくつか復元されています。 門を入ると係のおじさんがいて「16時半で閉門です」と言われました。(この時点で16時) ただ入れるエリアにある建物は数か所なので全然余裕で回れました。 なぜ城がこんなに狭いのかというと元々城だったエリアにこれがあるからです。 陸上自衛隊 新発田駐屯地。 少し離れた場所に新発田城の三階櫓は見えたので、さっきのおじさんに行き方を聞いてみました。 おじさん:あの建物は自衛隊の敷地内にあるので一般公開はされていないんです。 自衛隊にこの櫓が必要なのか。 納得いかないので城を出て隣の自衛隊に乗り込むことにしました。 ...嘘です。 これは白壁兵舎広報史料館という施設で自衛隊の展示があるようですが、16時で閉館だったので入れませんでした。 入口に自衛隊の制服を着た怖そうな人が立っていて、写真を撮るのもビビりながらしました。 駅方面に戻る途中、飲み屋街らしき通り(新道・掛蔵)を通りましたが、まだ時間が早かったのか人通りは皆無でした。 こうしていると雨が強くなり、市役所へ逃げ込みました。 市役所は休日でも解放されており、勉強熱心な学生さんたちが机に向かっていました。 ただ奇声を発しながら徘徊している人がいてちょっとかわいそうでした。 ずっといるわけにもいかないので、雨を避けるように屋根のある駅前通りを歩いて帰りました。 ほぼシャッター街ですね。 その中でも気になったのがこちら。 ハードオフの原点(発祥の地)がこんなところにありました。 こうして17時ごろに駅近くまで戻ってきましたが、お目当ての夕食の店は17時半開店。 ホテルに帰るのも面倒なので近くにあるイグネスしばたという公共施設へ。 ここの1Fは図書館の分館となっており、雑誌を読んで時間を潰しました。 17時半になり、駅前の食堂本田屋でうま煮ライスとしゅうまいを頂きました。 詳細 この店のしゅうまいは人生最大のサイズでした。 うま煮ライスもボリュームたっぷりなので本当にお腹いっぱいになってホテルに戻りました。 部屋で雨で濡れた靴や傘を乾かし、風呂に入ってゆっくりして、羽越旅行初日を終えたのでした。 11/3(月)、朝7時半に外出してボン・タケダというパン屋でパンを購入。 詳細 ホテルに戻って部屋に置いてあるインスタントのコーヒーと一緒にパンを頂きました。 準備を整え、もう少しだけ天気がもってくれることを願いながら9時頃にチェックアウト。 外を見ると地面を斜めに激しく打ち付ける雨...。 もう少しだけ新発田観光を続けるのですが、とりあえず屋根のある所を通って、溝口家の菩提寺の宝光寺に行きました。 立派な寺の門の下でしばらく雨宿りしましたが全然雨は収まりそうにありません。 このあたりは寺町というエリアで水路と寺が並びます。 さらに南には足軽長屋というものがありましたが、雨なので外から見るだけにしました。 昨日ホテルで乾かしたばかりの靴が既に雨でびしょびしょになり、テンション下げ気味で駅に向かいました。 駅前まで行くと想定外の乗り物を見つけました。 僕もこれで海賊王を目指そうかなー。 次の電車までは30分くらいありましたが仕方ないので温かい待合室で待機。 こうして10:18発の電車に乗って次の目的地村上に向かいました。 |
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羽越旅行記'25 2025年11/2-11/6 |
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新発田駅から30分強、10:51に村上駅に到着。 新発田が雨だったのが嘘のように村上駅前は晴天。 まずは駅前にある石田屋で腹ごしらえ。 村上と言えば鮭なので鮭尽くしのみおもて定食を頂きました。 詳細 イクラが乗ったハラコ飯と鮭の酒浸しがヒットでした。 村上と言えば塩引鮭が有名ですが、塩引鮭と新巻鮭の違いはよく分かりませんでした。 30分ほどで食事を終えて、村上観光を開始。 村上市の観光名所は村上駅から東へ1.5kmほど離れたところに集中しています。 村上藩の城下町だけあって昔ながらの家々が残る街を写真を撮りながら歩いていました。 しかし、寺町に差し掛かったあたりで雨が降り始めました。 あんなに晴れていたのにお天道様はどうも竹バイクが嫌いなようです。 芭蕉と曽良が立ち寄ったと言われる浄念寺でしばらく雨宿りをしてましたが、なかなか雨は止みません。 仕方なく傘を差しながら散策再開。 安善小路と呼ばれる黒塀の路地は逆に雨の方が映えるかもしれません。 安善小路を抜けると村上町屋通りに至り、この南北に走る通りが村上城下町のメイン観光地です。 ただこの通りの観光は後回しにして、もうひとつ東側の通りへ。 ここには村上歴史文化館や若林家住宅がありました。 ただ茅葺の若林家住宅は改築中(?)らしく、歴史文化館もあまり惹かれなかったのでスルー。 さらに北東へ歩いてまいづる公園まで行ってみました。 ここにも旧藤井家住宅、旧岩間家住宅など茅葺の住宅が保存されています。 結局、これまた惹かれなかったので村上町屋通りに戻りました。 雨ですが、メインの観光地だけあってそこそこ人通りがあります。 この日は旗日(祝日)だったので古い街並みに日の丸がきれいに並んでいました。 写真を撮りたいのですが、雨がどんどん強くなって雨宿りしながら少しずつしか移動できません。 雨宿りついでに千年鮭きっかわという店に入ってみると、奥に鮭がいっぱい吊るしてありますよと店員さんに教えて頂きました。 店の奥の引き戸を開けると、大量の鮭が干してある空間があり、圧巻でした。 これが村上の冬の風物詩である塩引鮭。 雨じゃなかったら入らなかったので、これはラッキーです。 こうして辺りを散策していると電車の時間が近づいてきました。 本当は鮭の博物館であるイヨボヤ会館にも行きたかったですが諦めました。 なぜなら13:41の電車を逃すと次が16:37なので、何としてもこの電車に乗らなければなりません。 駅まで20分くらいかかるので雨の中ちょっと早歩きで向かいました。 ちょっと急いでいたのは切符を購入する必要があるからです。 実は村上駅から北は交通系ICカード使用不可エリアなんです。 久しぶりに切符を改札に入れて、酒田行のワンマン電車に乗り込みました。 向かいのホームに特急いなほが止まっているなぁと思いながら、車内に入ったらアナウンスが流れました。 現在、村上駅から先は運転を見合わせております。 木の枝が電線に引っかかって除去作業が必要になったらしいです。 マジか...と思いながらも、車内に座ってPC作業をしていたら14:15になってようやく運転再開。 村上からトンネルを抜けると、電車は日本海の直ぐ傍を走り北へ向かいます。 笹川流れなど日本海の激しい波が作り出した雄大な景色を見ながら電車に揺られ、気付けば山形県に入りました。 |
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羽越旅行記'25 2025年11/2-11/6 |
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電車が海沿いを離れると田んぼが一面に広がり、白鷺の群れがエサを探す姿が印象的でした。 田畑しかないエリアからいきなり街が現れるとそこが鶴岡駅です。 予定より30分程度遅れて、鶴岡駅に15:45分頃到着。 駅前には大型商業施設、ホテル、観光案内所などがあり、中核都市の雰囲気が漂います。 駅徒歩1分のアパホテルにチェックインして日が暮れるまで休憩。 17時頃に活動を再開し、鶴岡駅から北東へ1kmほどのロードサイドにある中華そば雲ノ糸鶴岡本店へ。 詳細 山形と言えばラーメンですが、鶴岡や酒田があるこの庄内エリアは魚介出汁が特徴です。 透き通ったスープに煮干しのパンチが利いた特性中華そばを頂きました。 ラーメンと一緒に頼んだ油めしというTHE背脂飯のパンチが強くてお腹いっぱい。 腹ごなしに駅前から歩いて鶴岡の繁華街を探して彷徨いました。 まず駅前から南に延びる通りは飲み屋があるので夜でもそこそこ明るいです。 鶴岡の中心部はもう少し先ということで、さらに南に歩くとサンロード日吉商店街が出てきましたが真っ暗です。 小さな店が並ぶ商店街なので夜が暗いのは仕方ないですよね。 その先の日枝神社を右に曲がると山王通りに出ますがここも暗いです...。 不安になってGoogle mapを見ると、絶対に繁華街だと思われる「銀座通り」という名を見つけました。 そして辿り着いた夜の銀座通りがこちらです。 銀座暗すぎへん!? 周辺で明るかったのは荘内銀行旧本店前のライトアップだけでした。 結局、何もなくて往復3kmのウォーキングをして終わりました。 この日はこれくらいにして早めに就寝。 翌11/4(火)は朝7時に起床し、準備を整え、そそくさと7時半過ぎにはホテルをチェックアウト。 鶴岡駅前のタイムズでカーシェアを利用して、まずは国道7号線を西へ向かいます。 最初の目的地は日本海に面する琴平荘です。 実はここ人気のラーメン屋さんなんです。 11時開店ですが、8時から順番待ちの番号カードが取れるようになっています。 8時過ぎに到着しましたが、番号カードに記載された順番は25番。 ちょっとみんな食いしん坊すぎでしょ。(ただの平日なのに) とりあえず番号カードは取ったので、今度は国道7号線を南下。 道の駅あつみにある早磯でブリとスズキの二色丼とイガイ汁を頂きました。 詳細 想定外だったのは二色丼に海老汁も付いていて、朝から汁を2杯飲む結果になりました。 でも美味かったからヨシ! その後、道の駅あつみの裏にある磯を少し散策。 日本海の荒波が打ち付ける磯からは遠くに粟島が見えました。 朝食でお腹を満たしてから少し戻ったところにあるあつみ温泉へ向かいました。 あつみを漢字で書くと「熱海」じゃなくて「温海」です。 観光駐車場に車を停めて温泉街散策を開始しました。 この旅の計画を練るまで存在を知りませんでしたが、川沿いに大規模なホテルが立つTHE温泉地です。 橋の上に飲泉所があり、コップ入れて飲んでみると少し塩辛い温泉でした。 平日の午前中にすれ違うのはシルバーカーを押した老人くらいでしたが、川沿いはオシャレな感じです。 山の木々は色付きを深めており、秋の東北の良さをしみじみと感じておりました。 この温泉街には3か所の足湯があり、あんべの湯、もっしぇの湯、もっけの湯の3つです。 ふらふら散策していると温泉神社前には朝市が開かれていました。 その先には熊野神社という神社があり、バラ園も併設されています。 帰りにもっけの湯に足を浸けて川を眺めながらボーっとしていました。 琴平荘の時間があるので実際に足を浸けていたのは5分ちょっとでしたけどね。 車に戻って琴平荘がある三瀬まで戻ったら10:40。 店に入ると30番までは大広間後方で待機とあったので大広間へ。 元々旅館だったので、大広間は旅館の朝食会場っぽさがあります。 11時開店ですが、11時になる前からラーメンが提供されていました。 番号は取ったけど時間通りに来ない方も多く、25番でしたが11:20には呼ばれました。 こうして中華そばあっさりの大盛を注文。 詳細 火曜は大盛サービスという文字に誘われ、お腹は減っていないのに大盛にしてしまいました。 お腹的になかなか厳しい戦いでしたが、麺が美味しかったので食べ切ることが出来ました。 勝手に一人フードファイト状態。 こうして腹が150%満たされて、続いて向かうのは古くから信仰を集めてきた羽黒山。 鶴岡市街を抜けて、さらに東の旧羽黒町にあります。 県道47号を走っているとまず大鳥居が現れます。 大鳥居を過ぎて3kmほどで羽黒山の入口に到着。 随神門の手前で、協力金募集中ということでケチな竹バイクも素直に500円を払いました。 入山していきなり下り階段で、直ぐに須賀の滝が現れました。 この滝の前にお宮があるのですが、地面は滝で水浸しでなかなか凄いところでした。 その先にあるのが有名な五重塔です。 羽黒山は規模的に凄いですが、人がそれなりに訪れているので個人的には静かな室生寺の方が好きです。 こうして羽黒山参拝は終了と思いきやまだ続きがあります。 実は入口から2446段の階段を踏破すれば頂上の出羽三山神社に行くことが出来ます。 ただ1時間以上かかるので、今回、竹バイクは別の方法で頂上を目指しました。 有料道路を使えば普通車400円で頂上付近まで行けるんです。 頂上付近に車を停めて、出羽三山神社の鳥居を抜けると再び協力金のお願いをされました。 下で払いましたけど...と言ったら下で払っていれば大丈夫ですと言われて、パンフレットを渡されました。 これ知らずに2回払っている人が多数いるよな...。 それはともかく出羽三山神社のメイン施設は三神合祭殿と呼ばれる建物です。 三神とは羽黒山、湯殿山、月山の3つの山のことです。 他にも茅葺屋根の鐘楼や昇龍降龍の石柱などがありました。 頂上からの車で帰る途中、開けた場所に出ると、南側に雪を被った月山が見えました。 こうして羽黒山をコンプしてから、車を返すために鶴岡駅前に戻りました。 ここまで鶴岡近郊の観光地は回りましたが、鶴岡中心部観光は未完。 そこで駅前の観光案内所で秘密兵器の自転車をレンタルしました。(無料) 自転車に乗れば、鶴岡市役所周辺まで片道2kmくらいでもあっという間です。 まずは市役所に自転車を停めて、致道館という旧藩校を訪れました。 歴史ある施設だと思うのですが、私以外に訪れる人がいなかったのは平日だからでしょうか。 致道館の施設内から横に見える鶴岡市文化会館の奇抜なデザインの方が強く印象に残りました。 時刻は15:15、このタイミングで電車の時刻を調べると次の目的地酒田行の電車は16:23発。 これを逃すと18時過ぎまで無いと判明し、周りの観光地をやっつけで回りました。 まずは致道館と似た名前ですが、全く別物の致道博物館にある2つの建物。 青が印象的な旧鶴岡警察庁舎。 それと教会のような擬洋風建築の旧西田川郡役所。 詳しいことは分かりませんが、入場料1000円を払って時間を消費できないので外から見るだけです。 続いて鶴岡公園にある大寶館。 大正天皇即位を記念して建てられたとこですが、中は郷土の偉人に関する展示ということでこれまたスルーです。 鶴岡公園にはその他に藤沢周平記念館や荘内神社がありましたが、チラッと見て終了。 帰り道に丙申堂を見て、鶴岡市街のミッションコンプリート。 こうして鶴岡駅前観光案内所に16時に戻りました。 案内所の人に自転車の鍵を返すだけなのですが、ここで想定外の事態。 案内の方が一人しかおらず、外国人が観光情報を延々と聞きまくっていて終わりません。 10分くらい続いているのでイライラして、相当な負のオーラを送ったら割り込みで鍵を返せました。 これも一種のノンバーバルコミュニケーションです。 こうして16:23発の酒田行の電車に学校帰りの大量の高校生と一緒に乗り込み、一路酒田へ向かうのでありました。 |
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羽越旅行記'25 2025年11/2-11/6 |
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鶴岡から酒田まで庄内平野を電車で30分。 16:50頃、太陽が海に沈んだ頃に酒田駅に到着。 鶴岡と酒田は庄内平野にある同規模の街で日本における代表的な双子都市です。 藩庁があった鶴岡が行政や教育の中心であるのに対して、北前船の寄港地だった酒田は商業、貿易の中心地です。 駅前には「MIRAINI」という文化施設があり、1Fに図書館が入っていて勉強している人が多数いました。 暗い道を15分ほど歩いて、中心市街地にあるこの日のお宿「最上屋旅館」に辿り着きました。 なんとこの宿は100年を経過すると老舗で、日本ボロ宿紀行という本にも紹介されています。 おじさんが出てきて、とりあえず風呂とトイレの場所を教えられ部屋に案内されました。 旅館としては至って普通で、隣の部屋とも離れていたのでプライベートも確保されていました。 トイレや風呂は共同でも、竹バイクはこういう普通の家のような旅館の方が気が休まって好きです。 しばらく部屋で休憩してから晩飯を食べに外出。 朝食に海鮮丼&汁2杯、昼食に大盛ラーメン&飯を食べ、まだ消化しきっていないので、この日は近所の飲み屋に行ってみることに。 「久村の酒場」という日本居酒屋遺産に記されている店です。 詳細 入口からローカルな雰囲気がありますが、カウンター席に座って庄内限定の日本酒を絶品のアテと一緒に頂きました。 店員さんや近くに座った方と話しながら呑めて楽しかったです。 グラス3杯の日本酒でほろ酔い気分でちょっとだけ辺りを散策。 酒田中心部の中町あたりは鶴岡よりはちょっとだけ多く飲み屋がありますが、人通りはほとんどなく寂しかったです。 鶴岡も酒田も美味しい酒はあるけどみんな外で呑まないのかもしれません。 宿に戻って風呂に行ってみると、清潔な風呂場に適度なサイズの浴槽があり、足が伸ばせて気持ちよかったです。 こうしてこの日のタスクは全て終了し、PC作業をしてから眠りにつきました。 日付が変わって11/5(水)、朝2時半に突然目が覚めました。 酒で眠りが浅くなっていたせいか、色々翌日の計画が頭を巡って全然寝れなくなりました。 しばらくすると段々寒くなってきて、またこれが入眠を邪魔します。 保温性という観点からは築100年はイマイチですね。(笑) かと言ってエアコンをつけると乾燥してしんどいし...。 結局、エアコンをつけてマスクをして寝たのですが、どうも寝たのか寝てないの分からない状態で朝日が昇りました。 すっきりしない眠い目をこすり、朝8時前に外出して朝食へ。 5分ほど歩いたところにある酒田ラーメン照月でワンタンメンを頂きました。 詳細 鶴岡と同じ魚介ベースの清湯タイプですが、酒田のラーメンの方が素直な味で私は好きです。 この店の前に酒田市役所とホールがあり、なかなか金をかけた感じが出ていました。 宿に戻るといつの間にか布団が畳まれており、部屋を散らかして出ていかなくてよかったと思った次第です。 ここで頭を悩ませたのが再び電車の時刻問題。 時刻は8:30過ぎで、次の秋田方面の在来線は9:44発、その後は12:29...。 由利本荘に行くとしたら9:44がベターですが、由利本荘をスキップして秋田へ行けば12:29でも可。 悩んだ挙句、酒田の街をまだ堪能していないので後者に決定しました。 宿の支払いを終えて酒田観光開始です。 宿から東へ歩いていると山王くらぶなる古そうな建物を発見。 元々料亭で、今は国登録有形文化財だそうです。 そこから南に何か湯気が出ている建物があり、近付くと米を炊く香りがします。 前まで行ってみると上喜元で有名な酒田酒造でした。 昨日訪れた飲み屋のおばちゃん曰く、「地元民はその年の上喜元で酒の良し悪しを判断する」そうです。 ボジョレー・ヌーヴォー的立ち位置ですね。(笑) 西へ向かって少し坂を上がると日和山公園に到着。 下日枝神社の立派な随神門が目の前に現れました。 神社を参拝してから日和山公園にある展望台からは酒田港を一望出来ました。 よく見ると鉄道の引き込み線があり、貨物列車専用の酒田港駅があります。 酒田は昔から北前船西回り航路の寄港地として繫栄した街なので、港が重要地点でした。 そのため日和山公園には常夜灯や白亜の灯台が残っています。 また公園の中の池には北前船の帆船を模した千石船が浮かんでいたりします。 日和山公園から芭蕉が歩いたという芭蕉坂を抜けてまっすぐ歩き、港に向かうと市場などがありました。 生憎、水曜日はみなと市場も酒田海洋センターも定休日で賑わいはイマイチでした。 漁協の横を通って、海沿いを歩いていると、新井田川河口にイカ釣り漁船を発見。 酒田はイカの街としても有名で、イカ釣り漁船は一度港を離れると1ヶ月半の漁に出るそうです。 川を少し上った先に木製の山居橋がかかっており、これを渡ると観光名所の山居倉庫に至ります。 この倉庫は米の積出のための倉庫で、最上川舟運で運ばれる米の預かり貯蔵する場でした。 有名なのは、この建物の裏側の景色です。 黄色く色づくケヤキの木と黒壁の倉庫とのコントラストが美しいです。 11月から倉庫の工事を開始していてこれ以上は入れませんでしたが、逆に人がいなくて写真は撮りやすかったです。 山居倉庫を堪能してから、川を挟んで斜め向かいにある今年開業したいろは蔵パークへ。 この中に入っているイカ恋食堂でイカ恋三昧重を頂きました。 詳細 もう1ヶ月はイカは要らないと思うくらいイカを食べました。 その後、いろは蔵パークに併設されている物販コーナーで土産を購入。 いろは蔵パークから酒田駅方面に歩くと目の前に雪を被る鳥海山の姿が見えました。 酒田駅方面に歩くついでにふらっと本間家旧本邸の入口まで行ってみました。 本間家はこの地域の豪商で山居倉庫に建設などにも尽力されたそうです。 ただ時間も限られているので中には入らず駅に向かいました。 駅に到着したのは電車発車10分前の12時20分頃で、この時間まで時間を潰せるか心配したのは杞憂でした。 こうしてこの旅の最終目的地である秋田行きの電車の乗り込みました。 |
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羽越旅行記'25 2025年11/2-11/6 |
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酒田駅から秋田駅までは在来線で2時間弱の旅。 遊佐駅を過ぎたあたりで真正面に鳥海山が拝むことが出来ました。 県境付近で乗客はほとんどいなくなり、羽後本荘駅から再び車内に人が増え始めました。 こうして定刻の14:21に秋田駅に到着。 秋田県に入った実感はあまりなかったですが、駅に新幹線「こまち」がいたの確かに秋田でした。 駅のコンコースもしっかり整備されていて秋田県の県都であることをひしひしと感じました。 秋田駅前の商業施設の多さに、まともな街が一つもない三重県出身者は驚きです。 三重と秋田は高校野球で最弱を争う仲間だと思っていたのに...。(涙) まだ日が出ているので、駅から写真を撮りながら西へ歩きました。 駅から西側には背の高い建物が多く、文化施設もこのエリアに集中させている都市構造のようです。 そんな中心部で元々久保田城があった場所は、千秋公園という公園になっています。 紅葉の名所で多くの人が訪れる観光地ですが問題があります。 クマがいて公園に入れませんでした...。 初めて公園内でクマが目撃されたのが10月後半。 2日前の11/3に2頭捕獲し、安全が確認され、11/4に公園は解放されました。 しかし数時間後に再びクマの目撃情報が入り再び閉鎖。 マジでこんな中心部ですが、どんだけクマがいるんですか。 「ある日、街の中、クマさんに出会った♪」とかマジで勘弁なので仕方ないですけどね。 こうして千秋公園の周りを歩いて、さらに西へ歩を進め、交差点で写真を撮っていると警戒中の警察官にめっちゃ見られてました。 こいつクマよりヤバい奴じゃないかと思われていたようです。(笑) こうして次の目的地であるねぶり流し館に到着。 ここは竿灯まつりを中心に秋田のお祭りを紹介している施設になります。 有料ですが130円だったので竹バイクでも払えました。 中に入ると信じられないほどの外国人(西洋人)のツアー客がいました。 秋田に何をしに来たのか分かりませんが、バスツアーで来たようです。 そういえば秋田駅を降りてからやたらと西洋人を多く見かけました。 東京からこまちに乗れば一本で来れる強みなんでしょうか?? ねぶり流し館の横には旧金子家住宅というのがあり、併せて見ることが出来ます。 この地で商いをしていた商家らしく、内部はよく見れたのですが、家の前にツアー客の巨大なバスが駐車していて外観の写真は撮れませんでした。 バス置き場くらい確保して欲しいものです。 こうして秋田市街を軽く散策してから、ねぶりながし館の近くにあるイーホテル秋田アネックスにチェックイン。 今日はふかふかのベッドで寝れます。(笑) 1時間ちょっと部屋で休んでから17時頃に夕食を食べに駅方面へ。 秋田市民市場周辺に手頃な飲み屋があり、まずは人気で予約必須と噂の永楽食堂という所に行ってみました。 案の定、予約なしでは入れませんでした。 続いてその近くにあるからす森という店に入ってみるとすんなり入れました。 もつ煮、豚串、しょっつる鍋をビール(大)とともに頂きました。 詳細 昨日は呑んで眠りがイマイチになったというのに反省せずにこの日もアルコール摂取です。 いや、ビールなんてアルコール濃度が低いから水と同じです。 店を出て夜の散歩がてら秋田駅に行ってみるとモニュメントが光っていました。 西武百貨店前には巨大な現代アートっぽいものもあり、すれ違う人もそれなりにいました。 クマが出て人通りが少なくなってというニュースを聞いてましたが、あれは嘘ですね。 ホテル方面に戻るついでに秋田の繁華街川反をのぞいて行きました。 飲み屋と無料案内所等などが立ち並ぶ大人の街ですね。 この旅ではこういう繁華街を一切見てなかったのでなんか新鮮でした。 まだ6時台だったので夜の蝶が舞う時間には早過ぎですが、キャッチに声を掛けられなくて竹バイクは気楽に歩けました。 いったんホテルに戻り、20時頃に再び外出。 夜の街に出掛けるのではなく、華のゆというスーパー銭湯に行くためです。 ホテルの風呂はやっぱり狭くてなんか入った気がしないですからね。 2時間弱、ゆっくり温まってホテルに戻ると、妻からビデオ通話が...。 出ると画面の向こうに子供が出てきて「そっちは今、朝?」と聞かれました。 いや、俺、アメリカにはおらんけど。 そういう平和な会話をしてからこの日はふかふかのベッドで昨日の分も含めて爆睡したのでした。 旅行最終日の11/6(木)、起きて鏡を見ると信じられない寝ぐせ...。 シャワーを浴びて、まずは腹ごしらえで秋田市民市場へ。 この中に入っているまんまという店でピリ辛さんまの付いた朝定食を頂きました。 詳細 朝食を終えてホテルへ帰る道すがら、赤れんが郷土館と旧金子家住宅をカメラに収めました。 こうして準備を整えて、ホテルをチェックアウトし、西にある秋田市役所方面へ。 15分ほど歩いたところにあるタイムズでこの旅2度目の車を借りて、短時間のドライブに出発。 目的地は秋田港にあるポートタワー「セリオン」です。 144mもあるのでもちろん秋田県で一番高い建物です。 100m地点の展望台は無料で解放されており、360°見渡すことが出来ます。 秋田港には巨大客船が停泊しており、船から降りてきたであろう観光客もそこそこいました。 秋田駅周辺市街地はそこそこ遠いので見にくいですが、秋田平野に市街地が広がっていることは分かりました。 セリオンの1Fにお土産コーナーがあるので家族と会社に追加で土産を購入。 タワーを出ると地面にイワンコ、ガーディ、バウッツェルのポケふたを発見。 今回車を借りたのはここに行くためだけだったので、1時間程度で再び市役所近くまで車を返しに戻りました。 車返却後、とりあえず秋田市役所を一目拝んでおこうと向かいました。 秋田市役所もなかなかオシャレで金をかけてますね。 これで秋田市内でのミッションは完了。 秋田市役所始発で空港バスが出ているので少し早いですがバスに乗ることにしました。 11時発のバスに乗り、各所で客を乗せて50分ほどで秋田空港に到着。 空港2Fの稲庭本舗明治佐助商店で稲庭うどんを頂きました。 詳細 空港価格なのでざるうどんが1760円もしましたけどね。 帰りはアメリカン航空の特典航空券でJAL便を予約していたのですが、AAとJALとの連携がうまくいかずオンラインで処理できませんでした。 結局、JALのカウンターに相談しに行って、航空券を発券してもらいました。 まだ時間があったので空港展望台から飛行機を見たりしてました。 秋田空港は乗り場が4つしかない非常に小さな空港です。 今回搭乗したJL2174便は小型機で定刻13:40に秋田空港を離陸。 佐渡島、小松空港、東尋坊を眼下に見て、15時頃に無事伊丹空港に着陸。 こうして無事に羽越旅行を終えたのですが、今回もハードスケジュールで相当動いたので5日間の歩数が凄いことになっていました。 11/2(日)20,960歩⇒11/3(月)22,557歩⇒11/4(火)16,675歩⇒11/5(水)28,339歩⇒11/6(木)13,976歩。 合計102,507歩で、1歩70cm計算で70kmほど歩いた計算になります。 適度(?)な運動で基礎代謝が上がったせいか旅の後1週間は常にお腹が減って大変でしたとさ。 |
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